ストレスについて(1) 2024/9/9
ストレスと病気という点では,ストレスは万病の「もと」とされますが,ガンにせよ,身体の病気にせよ,メンタルな病気にせよ,ストレスが原因の一つとされる病気は数多く指摘されています.震災のような災害の直後ですと,避難所での生活,不意に来る余震,衣食住がままならず危険にさらされ,明日の見通しも立ちにくい中では心穏やかでないことも多いことでしょうし,体調を崩される原因としてのストレス,というのは想像しやすいかもしれません.そう考えるとストレスって嫌なもの・・・,と思われがちですが,楽しいこともそれなりにストレスになる,というのは,最近では知っている方もいらっしゃるのではないでしょうか.旅行などはその最たるもので,ついつい夢中になってあれもこれも,といった気分になって疲れてしまうことは誰しもに身に覚えがおありかもしれません.必ずしも嫌なことばかりがストレスや病気の原因というわけでもないようです.
ストレスとはもともと,物理学の用語です.英和辞典でstressという単語をひいてみると「圧力」といった意味が出てきます.物体を押し曲げたり,変形させたりする力のことをストレスと言っていたのです.それが幾たびかの転用の後,今では「嫌なこと,大変なこと」くらいの意味になっているようです.
もともと物理学の用語であったストレスという言葉を,私たちの身体の反応と結びつけたのは,ハンス・セリエ(Hans Selye)というカナダの生理学者とされています.彼は,外部からの刺激を受けて,それに身体が適応するプロセスを検証しました.風船に力を加えると形が変わり,またもとの通りに風船が戻ろうとするような「適応」のプロセスを想定し,ホメオスタシス・生体恒常性といった概念1)も踏まえられています.そして,外部からの刺激をストレッサーと呼び,私たちにとってストレスを感じさせるものが何なのか,分類・整理しました.そこでは現代の私たちが一般にイメージする不安や緊張といったもののほかに,暑さ・寒さや薬物もストレッサーとして分類されています.
ここで少しストレスという言葉を理解する側に多少の混乱が見られるようになったようです.ストレッサーという言葉によって,「圧力」としてのストレスとの違いがあいまいになり,いまでは,ストレスという言葉は「嫌なこと」(原因)といった意味にも,「嫌なことを受けている」(状態)にも使われるようになりました.「○○がストレス・・・」という言い方がありますし,「もう本当に,ストレスで・・・」と言ったりもします.原因としても,状態としても理解できますし,あえて「ストレッサーは・・・」と分けて言う人は稀でしょう.
ストレスをなくしましょう,とはよく聴かれる言葉ですが,実際にはなかなか難しいものです.まったくストレスのない状態を目指すよりも,上手にストレスとつき合えると良いのかもしれません.これも最近,よく聴かれるようになった印象があります.
1) ホメオスタシス(homeostasis)とは,W・B・キャノンによって命名された造語です.フランスの生理学者,クロード・ベルナールの提唱した概念—-生命の特徴の一つとして,生物がもつ,自分自身の生体内の状態を一定に維持しようする自己調整能力—-を踏まえています.この自己調整能力が失われると,病気や死に至るとベルナールは考えました.
≪参考文献≫
Selye, H.(1976).The Stress of Life, revised edition.New York: MacGraw-Hill.セリエ,ハンス.(訳)杉靖三郎,田多井吉之介,藤井尚治,竹宮隆.(1988).『現代社会とストレス』.東京:法政大学出版局.